オリオンの砲撃手
-orion's gunner-


第二章 NOBLESS OBLIGE ノーブリス・オブリージュ


-3-


 混迷の一夜が明けた後も、事態は必ずしも収束していなかった。
 ロサンゼルスでは小規模ながら暴動がおこりはじめていた。
 人種の坩堝であるアメリカの中でも、特に多様な人種が集う場所であるこの街で
普段からたまりにたまっていた不安が暴発したのだ。正直なところきっかけは隕石
である必要などなかっただろう。

 放火、略奪などがおこり始めていた。
 やる側も荒れてはいるのだろうが、やられる側としてはたまったものではない。
 ロスのチャイナ・タウンで雑貨屋を経営している、中国系アメリカ人のウォン・
カイフェンは、ガラスの割れる音で目を覚ました。

「なんだ?」
 枕元に、石が転がっていた。
「ばっか野郎、危ないじゃねぇか!」
 思わず怒鳴りつける。しかし怒鳴りつけると同時にまた石が投げ込まれる。
「…ふざけやがって!」

 ウォンはふと思い出したように、棚に駆け寄った。
 棚の中にあった旧正月用爆竹を取り出す。
「撃ち殺すぞお前ら!」
 叫ぶと同時に爆竹に火をつけて投げる。炸裂音があたりに響いた。

 遠くから叫び声が聞こえる。
「逃げろ!マシンガンだ!」
 暴動を起こしていた連中の声だろうか。走り去る足音。

「…明日捕まるかな、俺」
 ちょっとだけ不安になったウォンだった。
 
 …この日の夜だけでロサンゼルスでは62箇所で放火されていた。
 
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 ネットの掲示板では隕石関連の話題でもちきりだった。
 もっともほとんどの人間は、ニュースなどの情報くらいしか知っていなかった
し、ある意味騒ぐだけといえば騒ぐだけである。
 ただそんなバカ騒ぎであっても、実際に放火や暴動起こされることを考えれば
ずいぶんと平和的であるのかもしれない。
 だが…
 
「おいちょっと待て!昨日の夜のニュースから12時間しかたってないのになんで
 もうスレッドがpart12000超えてるんだ!

「…いつものネタだって」

 ニュース系の掲示板では隕石関連のスレッドが掲示板に次々たち、わずか
12時間でスレッドが実質的に100を超えるところすら出てきた。
 何万人もの人間がそれだけ注目している、ということなのだ。
 天文などの専門掲示板にも人がつめかけ小規模なパニックになっていた。
 
「だから今のところはまだなんともいえないっていってるんだ」

 天体物理学科の大学院生、松島はくりかえし書き込まれる
「これからどうなるんですか?僕らみんな死ぬの?」
「どうせまた当たらないんだから騒ぐなバカども」
 などといった書き込みに辟易していた。
 
「はっきり書く。今のところ、NASAの情報を基にするなら25%の確率で当たると
 推定されているにすぎない。なんで確率で算出されるかというと、天体の動き、
 特に小惑星の動きというのは他の惑星の引力の影響などに左右されるからだ。
 だから今までと同じようにこれから確率が低下する場合もある。逆の可能性も
 あるが、今までの経緯から考えるとあまり可能性としては高くない。
 どちらにしてもまだ決め付けるのは早すぎる
 
 こうスレッドに書き込んだ。
 実際のところそれで収まるとは彼自身も思っていなかった。ただ、少しでも
正しい情報をほかの連中に伝えることくらいはしておこうと思ったからだ。

「だからどっちかはっきりしてくれって言ってるんだ」
「それがはっきり決められるんだったらNASAが判定してるはずだ。落ち着いて
 勉強でもしてろってんだ」

 …あんまりうまい書き込みではないなと自分でも思いながら、松島は返答を
続けた。実際のところ、NASAが発表した中で最大の確率であるのは事実で、
そのことをスレッドに書き込んでいるほかの誰よりもわかっているのも松島
だった。彼の書き込みが感情的になっていたとしてもそれは自然なことだろう。

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 ネットの掲示板を見てるのは何もニートだけではない。
 特にこういう大事件が発生している場合などは一般人も、また事件に直接間接
関わる警官もマスコミもなんだかんだで掲示板を見る。

 そんなわけで遠藤は報告書書きつつパソコンで掲示板を見ていた。
「えんどー。おまえなにやってるのよ」
「何って報告書作成ですけど」
「いや、なんでそれ作るのに掲示板見る必要あるのよ」
「だって加納さん、そりゃ普通なら要りませんけど…こんな事態なんて警察の
 想定の範囲外じゃないですか。今回の事件がどんなのかニュースとか掲示板
 とかを参考にしないとうまく書けませんよこれ」
「おまえ言い訳うまくなったなぁ…」
 加納は半ばあきれたようにいう。
 
「まぁ書き込んだりしなけりゃ文句は言わんが、程ほどにな」
「一応仕事の範囲だと思うんですけど、今回は」
「いやそうなんだけどな…警官が仕事中に掲示板みてたりしたら文句を言う
 市民派の方々とかいらっしゃるからさぁ」
「そういや先ほど保護した全世界同時革命機構さんたちは今どうしてます」
「さっきまでは興奮気味だったけど、今は落ち着いてるよ。これからどうするん
 だろうなあ…」
「…世界革命しても、滅んじゃうんじゃ意味ないですよね」
「…あぁ、まったくだ」

 加納はそれだけいうと、虚ろな表情でしばらくぼーっと外を見ていた。
 ネットの掲示板見て報告書書いてる遠藤と、ぼーっと外見てる俺のどっちを
市民派のみなさんは糾弾するんだろうなぁとちょっと思いながらも、仕事をする
気にはなれなかった。
 …正直なところ、隕石が落ちてこようが落ちてこまいが、今はやる気が出ない。
 
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石原のところに武宮から電話がかかってきたのは5時間もあとだった。
今度は迷わずに一回目で受話器をとる。
「俺だ」
「…はい」
「どうした、寝てたか」
「椅子の前で昭和40年代から引っ張り出したような黒電話眺めて
 現実逃避してました」
「そんなもんがあるのか、ある意味すごいな警察」
「なんかよくわからないんですが、押収物件の中にあったらしいです」
「よくわからん話だなぁ。まぁいいや。それはさておきだ。今後」
「あの」
「なんだよ」
「いえ、もう俺隊とは関係ないんですよ…ですから…」
「バカ野郎」
 珍しく迫力のある口調で武宮が言い放つ。明らかに不満げだ。

「はあ」
「確かに隊とは関係ないかも知れんが、人間関係ってそれで割り切って
 いいのかよ。たく…お前って奴は…人間一人で生きるなんてのは
 無人島にでも行かない限りありえねぇだろが」
「ですが…」
「何がですがだ。身元引受人には俺がなる」
「しかし」
「あ゛ーもう鬱陶しい。いいからたまにはいうこと聞けよ」
 
 石原は一瞬、いやずっと聞いてきただろ辞める時以外はと思ったが、
あえて突っ込むのはやめることにした。
「ということで、身元引き受けした後の話になるんだが…」
「…」
「お前のちかr…いや、今はまだいいか…そうならなければいいが…」
「え?」
「とにかくだ、あんまり自分を卑下すんなよ。
 いしはらは もうじゅうぶんに つよい!」
「なんでそこでドラ○エのLV99なんですか」
「10今やってるんだよ!お前もたまには○ロゲ以外もやれよ!」
 …何無茶苦茶言ってるんだこの(元)上司、と石原は背筋に寒いものを
感じたがあえて突っ込まないことで回避しようと思っていた。
「ていうかむしろ俺も久しぶりにエ○ゲしたいからなんか貸せ」
「あんたのところには娘さん(10歳)がいるでしょうが!!」
 とうとう突っ込まざるを得なくなった石原はまたやられたと思った
 
--- ---

 国連安保理で隕石に対する議題が出ることなど、今までなかっただろうし、
今後だってあるとも考えにくい。まぁとにかく「人類の安全に対する脅威」で
あるところの隕石をどうにかしないことには、うだうだやってる余裕はない。
 安保理に出席している常任理事国各国も、非常任理事国各国も今回の件に
関してはとりあえず利害は一致している。
 そりゃそうだ、みんな死にたくないから当然である。
 
 ただ今回の件、2つほど問題があって、1つにはそもそも隕石が確実に当たるか
どうかがはっきりとしていないこと、2つ目には当たるとして実際の対処をどう
するかについて、少なくとも安保理に出席している人たちが必ずしも十分に把握
出来ていない点である。

 非常任理事国となっている日本の担当事務官、小松は正直蚊帳の外にいる気分
だった、それもいくつものの意味で。
 そもそも安保理は五大国の権限が無茶苦茶強く、一国でも反対したら討議される
事項が否決されてしまうということが多い。
 冷戦時代は米ソ対立が原因で拒否権が乱用され、国連安保理はマヒ状態になって
いたことは周知の事実であるし、近年でもさまざまな紛争で拒否権が乱発されている。
また、今回の事態、確かに「人類の安全に対する脅威」ではあるものの、どっち
かというと自然災害であるので、本来国連安保理で話し合うことなのかどうか…

 にもかかわらず彼らが集まって討議しているのは、ある作戦をアメリカが提案し、
それに関してどうしても彼らの承認が必要であったためである。
 要は「隕石に対する核使用」を各国が承認するかどうかである。
 さらにアメリカには、自前でいいサイズのロケットがないためフランスに
核使用を行わせたいという思惑があった。中国あたりもやりたいようではあったが、
ペイロードの関係上フランスにやらせることで国の側の意見がまとまったようで
ある。
 
 さて、水面下ではかなりの動きがあった国連安保理だったが、この件に関しては
小松としてはやることは非常に少なかった。
 フランスの核使用に対して賛成票一票入れること、それだけである。

 すでに五大国のうち、アメリカとロシアは「棄権」することに決まっていた。
 イギリスも棄権する模様である。おそらく中国も棄権することになるだろう。
 意思決定は、9理事国以上の賛成票によるため、フランスと残りの非常任理事国
のうち8カ国が賛成すれば成立である。棄権は拒否権の行使とはみなされていない
という国連安保理の孔を突いた裏技チックなやりとりに、小松に限らず参加者全員
軽くめまいを覚えていた。

「なんだって人類救うための手段選択するのにこんなまだるっこしいことしてる
 んだ俺たちは…」
 誰にもわからないと思って小松は日本語で一人つぶやいた。

 中国代表がこちらを一瞥した。どうやらわかったようだが、彼もそれ以上詮索は
しなかった。気持ちは同じなんだろう。さらに中国、本国の権威を守るため、結局
棄権という「名誉ある選択」とやらを行った。
 あちらの方がより気が重いだろう。
 
 対してフランス代表。ノリノリである。
 そりゃそうだろう。「世界を救う」といういっちばんおいしい役どころを持って
いけるのだから。たまたまペイロードの大きなロケットと水爆持ってたせいで。
 
「この地球規模の災害が起こりうる可能性を前にして、我々名誉ある国連安保理の
 皆様にこうして集まっていただき、行っていただくことはただひとつである。
 皆様が『地球人類を救う』という選択をこの場で行っていただくことであ…」
 
 フランス代表の陳述が行われている。
 
 小松はドイツ代表が寝てるのに気がついたがあえて無視することにした。
 TV入ったら叩かれるだろうなぁとちょっと思ったが、気にしないことにする。
 存外ドイツのTVの連中、イカすけないフランス野郎に対する態度としては正しい
ということを論理的に説明してくれるかもしれない。
 日本のTVに比べたらうらやましいことだと思う。
 
「…それゆえ、我々は地球人類に対する責務を負わねばならないのである。
 力を持つものはその力に責任を持たねばならない。その力を正しく使う義務をもつ
 ということはここにいる皆様ならわかっているはずである…」
 
 あー、そういやこういうことフランス語でなんとかいうんだったなと思う。
 なんだったっけか…
「…我々の国の言葉で言うと…」

NOBLESS OBLIGE

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